仙台高等裁判所 昭和27年(ネ)133号 判決
控訴人等代理人は、「原判決中、控訴人等敗訴の部分を取消す。被控訴人等の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等代理人は、「本件控訴を却下する。」との判決を求め、本案につき、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張は、被控訴人等代理人において、
第一、本案前の主張として、
一、控訴人等は、各々会長及び委員をもつて組織する合議制の行政庁であるから、会長がこれを代表して本件控訴をするについては委員会の決議に基くことを要する。しかるに、本件控訴をするについては、委員会の決議がなされていないから、控訴人等の会長は本件控訴をする権限を欠き、本件控訴は適法なものとはいえない。仮りにそうでないとしても、控訴人野沢村農業委員会(以下村委員会と略称する。)の代表者として控訴を提起した中鶴間善作は、昭和二十六年七月二十九日任期満了し、本件控訴提起当時には、委員でもなく、会長でもなかつたのであるから、中鶴間善作から委任を受けた代理人による本件控訴は不適法たることを免れない。このように誰が会長であるかは、公知顕著な事実であるから、単なる誤記として会長名の訂正は許されないし、控訴人村委員会と何等関係のない第三者が会長資格を冐用した本件の場合にはたとえ正当会長により委任された代理人が本件控訴の提起を追認しても、その瑕疵は補正されないのである。
二、株式会社今淵保正社及び今淵正太郎両名は被控訴人等に対し、昭和二十二年十二月二十日本件山林原野を売渡し、昭和二十三年十二月二十三日その所有権移転登記を経由したのであるから、村農地委員会が同年十二月八日本件山林原野の買収計画を定めるにあたつては、公簿上の所有名義人である両名を所有者として買収計画を定め、爾後の手続を進めるより他に方法がないのであるから右手続をもつて違法なものとはいえない。従つて、また公簿上の所有者として買収計画を定められた株式会社今淵保正社及び今淵正太郎両名も、右買収計画につき異議、訴願を申立てるにつき適格を有するのである。
被控訴人等は、本件買収計画につき異議、訴願の申立をしていないけれども、被控訴人等は本件買収計画樹立当時所有権取得の登記を経ていなかつたのであるから、異議訴願を申立てる適格がなかつたのである。そして、所有権移転登記を経由することによつて、前記両名のした異議、訴願の効力は勿論、本件買収計画の効力も被控訴人等に及ぶべき筋合である。のみならず、被控訴人等は法定の期間内に異議の申立をしたのであるが、村農地委員会は、被控訴人等所有土地として本件山林原野の買収計画を定めたのではないからと、異議申立書を受理することを拒絶し、訴願の申立についても同様これを拒絶したのであるから、被控訴人等が異議訴願を経ずして本件訴を提起したからといつて、違法とはいえないのである。
三、株式会社今淵保正社及び今淵正太郎等は、昭和二十四年一月七日附で異議棄却の決定の通知を受けたので、直ちに二回に亘り村農地委員会に対し訴願の提起期間を尋ねたところ、係書記は、訴願はいつでも提起できると答え、その後訴願提起期間内に数回訴願のため村農地委員会に赴いたが、その都度職員が不在で訴願書を提出できず遂に法定期間を経過してしまつたのである。右は当時村農地委員会の委員であつた太田徳治、戸ケ沢富蔵が三十三名の者を糾合し、本件土地の買受を申込んでいたので、村農地委員会の職員が同人等と相通じ、右訴願人等の訴願を妨げる意図のもとに、故意に訴願の提起期間を間違えて告げ、或は不在を構える等して、右訴願人等をして法定期間を遵守することができないようにしたものである。訴願人等はその後昭和二十四年二月二十四日村農地委員会に対し訴願書を提出したところ、同月二十六日期間経過の理由で却下され、爾後数回に亘り訴願書を提出したが、その都度これを受理することを拒絶された。よつて右訴願人等は止むを得ず同年六月二十六日県農地委員会に対し右事情を具申して訴願書を提出したところ、同委員会は宥恕すべき事由があるとしてこれを受理し、実体上の審議をしたうえ、右訴願を排斥したのである。自作農創設特別措置法には、訴願について申立期間を定めているけれども、右は訴願法の適用を排除するものとは解し得られないから、県農地委員会が、右訴願人等の訴願につき、期間を遵守することができなかつたのは、宥恕すべき事由によるものとして、これを受理し、実体的審議を尽した以上、右訴願人等の訴願の期間不遵守についての瑕疵は補正せられたものというべきである。
四、被控訴人太田貞三は、被控訴人太田庄次郎の長男であつて、今次の戦争に応召し、未だ復員しないのであるが、応召に際し、父庄次郎に対し財産の管理を託し、財産権の得喪変更等一切の裁判上、裁判外の行為を自分の名義ですることを委任し、その印章を交付して後事を頼んだのである。そこで庄次郎は貞三を代理し本件山林原野の所有権を取得し、同人名義をもつて本件訴を提起すべく訴訟代理人に委任したのであつて、貞三の死亡の公報に接したことはないのであるから、貞三の本件訴の提起をもつて不適法なものということはできないのである。
第二、本案について、
一、原判決事実摘示中
三枚目表一行目に「昭和二十三年十二月二十八日」とあるのは「昭和二十三年十二月八日」の誤記である。
三枚目表終から二行目に「計画決定の目的物の範囲が全然不明である」との意味は、「現地における買収地域の範囲が不明である」という意味である。
三枚目裏六行目に「爾来原告等」とあるのは「爾来原告株式会社今淵保正社及び原告今淵正太郎」の意味である。
五枚目裏三行目に「本件買収決定につき正規の公告乃至縦覧手続をしていない」との意味は「村農地委員会は、本件買収計画を定める前である昭和二十三年十二月四日買収計画案なるものを公告し、同月五日から同月二十五日まで二十日間これを縦覧に供したのであるが、その後において同月八日本件買収計画を定めたのに拘らず、これを公告及び縦覧に供しなかつたのである。」という意味である。
二、株式会社今淵保正社及び今淵正太郎の訴願に対する県農地委員会の裁決書は昭和二十四年十二月十二日同人等に送付せられた。
三、本件請求は、原判決添付目録記載の山林原野のうち、被控訴人等が各所有権を有する分につき、夫々控訴人村農業委員会に対しては、本件買収計画の取消を、控訴人県農業委員会に対しては、本件訴願裁決の取消を求める趣旨である。
と述べ、控訴人等代理人において
第一、本案前の主張として、
一、被控訴人太田貞三は、戦時中応召し、未だ帰還していないのであつて、おそらくは戦死したものと思われる。従つて同人は民法第二十五条以下に定める不在者又は失踪者として、財産管理人又は相続人でなければ法律行為又は訴訟行為をすることはできないのであるから、同人名義でされた本件訴は不適法である。
二、被控訴人等は本訴を提起するについて、異議訴願の手続を経ていないから本件訴は不適法である。
三、被控訴人等の主張によれば、株式会社今淵保正社及び今淵正太郎が本件買収計画につき異議を申立てた昭和二十三年十二月二十五日当時には既に本件山林原野を被控訴人等に売渡し、所有権移転登記を経由していたのであるから、同人等は異議を申立てる適格を有せず、右異議は元来不適法なものである。
仮りに、同人等において、本件買収計画につき異議訴願をする適格を有していたとしても、村農地委員会は、本件山林原野につき右売買の事実を知らなかつたので、右異議につき審議をした結果異議を理由ないものと決定し、その旨昭和二十四年一月十日同人等に通知した。然るに、同人等は同年二月二十六日村農地委員会に対し訴願書を提出したけれども、村農地委員会は既に訴願の申立期間を経過していたのでこれを受理しなかつたところ、同年六月二十八日県農地委員会に訴願書を提出したのである。右のとおり、同人等の訴願は、訴願の申立期間経過後になされた不適法なものである。県農地委員会は、訴願書に期間経過後の訴願であることが明記してあつたので本来は期間の経過により却下すべきであつたところ、この点は自明のことゝして、親切にすゝんで実質に入り審議したものであつて、相当の事由ありとして期間の懈怠を宥恕したものではない。
四、仮りに同人等の右訴願が適法であつたとしても、同人等の右異議訴願の効力は被控訴人等に及ぶものではないから、被控訴人等の本件訴は適法なものとはいえないのである。
五、控訴人等は合議制の行政庁ではあるが、会長が控訴人等を代表して、被控訴人等の本件訴に応訴し、控訴をするには、委員会の議決を要するものではない。
控訴人野沢村農業委員会の会長が本件控訴提起当時石ケ守清治であつたことは争わない。会長を中鶴間善作と表示したのは誤りであるから、これを訂正する。而して、会長石ケ守清治において、中鶴間善作が会長としてした従前の訴訟行為を追認する。
第二、本案について、
一、本件買収計画が、原判決添付目録第一、第二記載の土地は株式会社今淵保正社の第三記載の土地は今淵正太郎の各所有地として定められたこと。本件土地が訴外手倉橋牧野畜産農業協同組合の組合員に売渡されたこと。及び本件土地につき夫々被控訴人等主張のとおり登記がなされたことは争わないが、本件買収計画樹立当時、株式会社今淵保正社及び今淵正太郎から夫々被控訴人等に本件土地が売渡されていたという事実はないのである。
二、株式会社今淵保正社は八戸市大字鳥屋部町六番地に本店を置き不動産の賃貸及び担保貸金並に右に附随する一般の業務を目的とする会社であり「耕作又は養畜を主たる業務としない法人」である。今淵正太郎も本件買収計画当時八戸市に居住し、同様業務を営んでいたのであるが、現在は鎌倉市に居住している者である。而して、本件土地は、放牧又は採草の目的に供されず放置されていたものである。
三、本件土地中、字内野九十五番の一部、五十町歩については、村農地委員会の委員が実地につき調査しその範囲を確定したのであるが、これを実測するには約十万円の費用を要するため、直に実測することをせず、買収計画を定めるにあたつては役場備付の図面によつて説明し、これを定めたのであつて、その後実測の結果その面積は四十九町二反歩と判明した。従つて右土地について買収計画の範囲が明確でないということはないし、その他の土地はすべて一筆の土地全部について買収計画を定めたのであるから、その実地が不明確であるということはないのである。
と述べたほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、こゝにこれを引用する。(証拠省略)
三、理 由
第一、本件控訴の適否について、
一、一般に合議体を代表する権限を有する機関が、合議体を代表して或る行為をした場合において、その行為をするについて、合議体の議決を経なかつたとしても、それは内部の関係においてはともかくとして、外部に対する関係においては、その行為の効力に影響を及ぼすものではないものと解するを相当とする。農業委員会法によれば、県及び村農業委員会は、会長及び委員をもつて組織する合議体であつて、会長は会務を総理し、委員会を代表する権限を有するのであるが、会長が訴訟行為をするについて特別授権を要する旨の規定は存しないから、会長が委員会を代表して訴訟行為をするについて、委員会の議決を経なかつたとしても、右訴訟行為をもつて不適法なものということはできないのである。
二、本件控訴は、青森県農業委員会については、津島文治が会長として弁護士横山敬教に、野沢村農業委員会については、中鶴間善作が会長として、弁護士小山内績に各委任して提起したことは記録上明かであるが、津島文治が県農業委員会長の職にあることは当事者間に争がないから、同人が県農業委員会を代表して本件控訴を提起するについて、委員会の議決がなかつたとしても、同人のした本件控訴をもつて不適法なものということはできない。
三、本件控訴提起当時における野沢村農業委員会の会長は石ケ守清治であつて、前会長中鶴間善作の任期は既に満了しておつたことは当事者間に争がないから既に代表権を喪つていた中鶴間善作が村農業委員会の会長として提起した本件控訴は本来不適法なものといわねばならない。しかし、中鶴間善作は自己のためではなく、村農業委員会のため同委員会を代表して本件控訴を提起したのであつて、本件記録によれば会長である石ケ守清治が弁護士小山内績を訴訟代理人に選任し、昭和二十七年八月二十七日の当審口頭弁論期日において、中鶴間善作のした本件控訴を追認したことを認め得るから、本件控訴の瑕疵は、右追認により補正せられたものというべきである。
第二、本件訴の適否について、
一、本件記録によれば、被控訴人太田貞三の本件訴は弁護士中村慶七が被控訴人貞三の訴訟代理人として提起したものであるところ、貞三が応召未帰還者であることは当事者間に争がない。而して原審における被控訴人太田庄次郎本人尋問の結果(第一回)によると、貞三は被控訴人庄次郎と太田という女との間に出来た子であるが、庄次郎においてこれを認知する手続をせず、養子として入籍したものであるところ、戦時中応召するに際し、実父である庄次郎に対し、同人の有する財産一切の管理を託し、貞三を代理してその所有財産について裁判上裁判外の一切の行為をする権限を委ね、右委任に基き、庄次郎において、中村慶七を訴訟代理人に選任し本件訴を提起したものであることが認められる。右認定に反する証拠はない。
控訴人等は貞三はおそらくは戦死したものと思われるから、同人は民法第二十五条以下に定める不在者又は失踪者として財産管理人又は相続人でなければ本件訴を提起することはできない旨主張するけれども、貞三が死亡したことはこれを認めるに足る証拠はなく、本件訴が貞三から同人所有の一切の財産につき裁判上、裁判外の一切の行為をする代理権を授与された財産管理人である庄次郎から委任を受けた訴訟代理人によつて提起されたものであることは前記のとおりであつて、右訴の提起をもつて不適法なものということはできないから、控訴人等の右主張は採用できない。
二、野沢村農地委員会が昭和二十三年十二月八日原判決添付目録記載の第一、第二、の土地につき株式会社今淵保正社所有土地として、第三の土地につき今淵正太郎所有土地として自作農創設特別法(以下自創法と略称する)第四十条の二第四項第四、五号(当時は三、四号)に基き各買収計画を定めたものとして、手続を進めたこと。右両名が同月二十五日同委員会に対し異議を申立てたところ、昭和二十四年一月七日右異議申立を棄却され、同月十日右決定書が異議申立人に送られたこと。右両名が更に同年六月二十八日県農地委員会に対し訴願を申立てたところ、同年十二月五日これを棄却されたこと。原判決添付目録記載第一、第二の土地につき、昭和二十三年十二月二十三日被控訴人庄次郎、貞三、三二郎、すわ四名のため、昭和二十二年十二月二十日の売買を原因とする所有権移転登記(右四名の共有として)がなされ、昭和二十四年十一月二十六日、被控訴人福蔵が右三二郎の持分十分の五を、被控訴人邦夫が同持分十分の一・六六を各譲り受けたとしていずれも同日の売買を原因とする持分移転登記を経由したこと。原判決添付目録記載第三の土地につき、昭和二十三年十二月二十三日訴外高山忠志のため昭和二十二年十二月二十日の売買を原因とする所有権移転登記が、次いで被控訴人庄次郎、福蔵両名のため昭和二十四年十一月二十四日同月二十日の売買を原因とする所有権移転登記がなされたこと。訴外高山忠志及び被控訴人等が本件買収計画につき異議訴願の手続をしていないこと。以上の事実は当事者間に争がなく、反対の証拠のない本件では実際に売買契約の成立した日時の点はともかくとして、少くとも各登記の行われた当時までにその登記に符合する所有権の移動があつたものと認めるべきである。而して成立に争のない甲第八号証の一、二と原審証人太田徳司、田島秀夫、林勝二、当審証人西野茂、原審及び当審証人浅野三男の各証言を綜合すると、昭和二十三年十二月八日野沢村農地委員会において、前記法条に基き本件土地につき真実買収計画を定め、同月九日、これを公告し、同日から二十日間縦覧に供した事実が認められる。右認定に反する甲第五号証の三、四及び第八号証の三の各記載並に原審における原告今淵正太郎本人尋問の結果は前記証拠に照し採用できないし、その他に右認定を覆すに足る証拠はない。
三、被控訴人等代理人は、法定期間内に被控訴人等は本件買収計画につき村農地委員会に対し異議の申立をしたけれども、被控訴人等所有土地として買収計画を定めたものでないとして異議申立書を受理することを拒絶し、訴願の申立についても同様これを拒絶した旨主張するけれども、右主張に副う当審証人高山忠志、太田弘司及び当審における被控訴人太田庄次郎本人の各供述は当審証人西野茂、浅野三男の各証言に照し採用できないし、その他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。
四、而して、前記の事実関係からすれば、株式会社今淵保正社及び今淵正太郎両名は、本件買収計画が定められた当時にはいまだ他の者に対して本件土地の所有権移転登記を経由しておらず、右両名の各所有地であるとして買収計画が立てられたのであるから、本件買収計画の取消を求める法律上の利益がないものということはできないから、本件買収計画につき異議訴願をなす適格を有するものというべく、従つて、両名から本件土地を買受けた被控訴人等(但し、原判決添付目録記載第一、第二の土地につき被控訴人福蔵、邦夫両名は被控訴人庄次郎、貞三、三二郎、すわを経由して、第三の土地につき被控訴人庄次郎、福蔵は訴外忠志を経由して)は、前記両名の異議訴願が適法になされたかぎり被控訴人等自身の名で重ねて異議訴願の手続を経由しなくても右訴願裁決の取消及び本件買収計画の取消を訴及できるものと解すべきである。
よつて、先ず株式会社今淵保正社及今淵正太郎両名のした前記異議の適否について判断すると、右両名の異議申立は前記のとおり昭和二十三年十二月二十五日になされ、右は本件買収計画の縦覧期間内であるから、右異議申立は適法なものというべきである。而して、右両名に対する異議棄却の決定は前記のとおり昭和二十四年一月十日に送られたのであるから特段の事情のない限り遅くともその数日後には右異議申立人等の手に届いたものと認め得る。而してこれに対する訴願は自創法第四十条の四第五項第七条により、同月二十七日迄にしなければならないところ、右両名が訴願の申立をしたのは前記のとおり同年六月二十八日である。然るに県農地委員会では右訴願を受理し、実質的審議を経て訴願棄却の裁決をしたことは当事者間に争のないところであるが、右訴願が法定の期間経過後五ケ月も過ぎて申立てられたのにかかわらず、県農地委員会の裁決書には、この点について何等の説明もないことは成立に争のない甲第三十号証の二により明かであるところからみても、右訴願について、県農地委員会において期間の懈怠につき訴願法第八条第三項に所謂宥恕すべき事情があるものと認めて、右訴願について実質的審査をしたものとはたやすく認め難い。仮に県農地委員会において、宥恕すべき事情があるものと認め審議裁決をしたものとしても、自創法は、耕作者の地位を安定し、その労働の成果を公正に享受させるため自作農を急速且広汎に創設し、又、土地の農業上の利用を増進し、以て農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図ることを目的として制定せられ、この目的達成のためには農地等の買収計画に対する異議訴願、訴の提起については特に短期の申立期間を定め、以て権利関係の急速な確定を図つた趣旨よりするときは、宥恕すべき事由があるかどうかの判断は行政庁の純然たる自由裁量に委さるべきものではなく、所謂覊束的裁量として裁判所の判断の対象となるものといわねばならない。
よつて、右訴願の期間の懈怠につき宥恕すべき事由があつたかどうかの点について判断する。
成立に争のない甲第二十八号証、当審における被控訴人太田庄次郎本人尋問の結果により成立を認め得る甲第二十七号証と当審証人浅野三男の証言当審における被控訴人太田庄次郎本人尋問の結果によると、株式会社今淵保正社及今淵正太郎は、昭和二十四年二月二十四日村農地委員会に対し、県農地委員会に為すべき訴願書を提出したところ、既に訴願の申立期間を経過していたゝめ、地方事務所の指示を受ける必要があるとしてこれを返されたゝめ、改めて前記のとおり同年六月二十八日県農地委員会に直接訴願書を提出した事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。被控訴人等は、前記両名の異議棄却決定の通知を受けた後直に二回に亘り村農地委員会に対し訴願の提起期間を尋ねたところ、係書記は、訴願はいつでも提起できると答え、その後訴願提起期間内に数回にわたり訴願のため村農地委員会に赴いたが、その都度職員が不在で訴願書を提出できず、遂に法定期間を経過してしまつたものであると主張し、当審証人高山忠志、太田弘司及び当審における被控訴人太田庄次郎本人等は右主張に副うような供述をするけれども、右は当審証人西野茂、浅野三男の証言に照し、採用できないのみならず以上の事実関係からすれば、株式会社今淵保正社及び今淵正太郎両名は、前記のとおり本件買収計画については、適法に異議の手続をしているところからみても、訴願の申立期間を知らなかつたものとは到底認めることはできない。されば、右両名が本件訴願書を最初に村農地委員会に提出した昭和二十四年二月二十四日には、既に法定の申立期間より一ケ月近く経過しており、他に右期間の懈怠について特段の事情の認められない本件では、右期間の懈怠について宥恕すべき事由があるものということはできないのである。
従つて、県農地委員会が、右両名の期間の懈怠につき宥恕すべき事由があるものとして実質的審議をしたとしても、右は本来審議すべからざることを審議したのであつて、これがために本来不適法な訴願が適法化するものとはいえない。従つて、本件買収計画の取消を求める訴を提起するにつき、適法な訴願を経たものということはできないから、被控訴人等の本件訴は訴提起の要件を欠く不適法なものといわねばならない。
以上のとおりであるから、被控訴人等の本件訴は不適法として却下すべきものであるから、右と見解を異にする原判決は取消を免れない。
よつて、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条第八十九条第九十三条に則り主文のとおり判決する。
(裁判官 谷本仙一郎 石井義彦 猪瀬一郎)
原審判決の主文および事実
一、主 文
(イ) 青森県三戸郡野沢村農地委員会が昭和二三年一二月八日自作農創設特別措置法第四〇条の二第四項第四号第五号等に基くものだとして別紙目録記載の土地についてした買収計画決定
(ロ) 青森県農地委員会が昭和二四年一二月五日自作農創設特別措置法に基くものだとして原告株式会社今淵保正社、今淵正太郎の各提起に係る訴願(同年訴願第二三三号)に対してした(右決定を是認する旨の)裁決
を何れも取消す。
原告等のその余の請求を何れも棄却する。
訴訟費用は各自弁とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は(イ)青森県三戸郡野沢村農地委員会が昭和二三年一二月二八日自作農創設特別措置法第四〇条の二第一項第一号第四項第四号第五号等に基くものだとして別紙目録記載の土地についてした買収計画決定が存在しないことを確定する。(ロ)若し存在するときはその無効であることを確定する。(ハ)若し無効でないときはこれを取消す。(ニ)訴訟費用は被告等の負担とする、との判決を求める旨申立てその請求の原因として
原告株式会社今淵保正社は別紙第一、二原告今淵正太郎は同三各記載の土地を何れも多年所有占有利用して来たところ
一、前記野沢村農地委員会は昭和二三年一二月二八日自作農創設特別措置法第四〇条の二第四項第四号第五号等に基き別紙目録記載の土地について買収計画を樹立したと主張し、その前提の下に各種の手続を追行しているけれども右樹立につき法規を無視し委員の招集を行わず、従つて何等の議決をもしなかつたから固より買収計画決定が存在するわけがない。
二、仮りに存在するものとしても同委員会は単に計画案を一部の農地委員間に持廻り回覧に付しその諒解を得ただけであるから該計画決定は法律上当然無効である。
三、仮りに有効であるとしても該計画決定には次のような取消原因が輻湊する。
(イ) 計画決定の目的物の範囲は全然不明である。
(ロ) 本件土地は古来典型的山林で牧野(家畜の放牧又は採草の目的に供される土地、自作農創設特別措置法第二条第一項)ではない。
ただ終戦前製材事業若しくは供木奉仕のためその一部の老木が伐採されたことがあるけれども現在まだその相当部分に数十年生の松、杉、その他の樹林が点在する。又昭和二三年三月三一日いわゆる森林施業案第八班に指定され、爾来原告等は一〇年計画で毎年巨財を投じ又国や県から多額の補助金を得て松の播種、杉苗の植付、間伐等に折角努力して来、目下本件土地には三年乃至八年生杉林約一〇町歩、同松林約一五町歩、一〇年内外生灌木林その他の自然木林約四〇町歩があり、尤もその極小部分約二町五反歩は畑であるけれどもこれとてもいわゆる熟畑ではなく単に造林更新の効果的手段たる一時的焼畑、切替畑に過ぎない。又本件山林の一小部分約五町歩に萱叢が存在するけれどもこの萱草は附近村落の建物屋根工作修理材料等としてその利用価値は絶大である。そして本件土地は古来欝蒼たる山林であり、又専ら植林の目的だけに利用され放牧採草の用に供された事実は未だ嘗て存しない。そしてわが国は目下未曾有の木材飢饉に襲われ治山植林の必緊性今日ほど熾烈な時機は存しない。
(ハ) 本件山林の谷沢は青森県三戸郡野沢、浅田、豊崎、上長苗代、下長苗代各村一帯の水田約二、三〇〇町歩を灌漑する浅水川の重要な水源であるところ、終戦前後沿川山林殊に本件山林を濫伐したため同川は爾来毎年夏季水量頓に減少し関係農民の紛争洵に深刻なものがある。
(ニ) 本件買収計画は有畜営農者でない者又は世帯主でない者を数多包含する最寄部落民三四名の申込人(昭和二三年一一月二三日申込)に売渡すため樹てられ、又右土地は一応これらの人達に売渡されたものである。尤もその後昭和二五年七月二日右山林の売渡の相手方が手倉橋牧野畜産農業協同組合(昭和二四年六月二一日農業協同組合法により青森県知事に設立認可申請同月二八日認可、同年七月二九日設立登記)に変更されたが、同組合員中にも養畜営農者でないものが少くない。
(ホ) 仮りに同組合員が全部牧畜家であるとしても本件係争地附近その他野沢村一帯には約七〇〇町歩の牧野又は牧野適地が存在するから事実上又法律上牧野でない本件係争林を牧野に供する必要は全然存しない。従つて本件買収計画決定は公正妥当性を欠き斯法の精神に背反する。
(ヘ) 本件買収計画決定は本件土地に近接する同村大字手倉橋方面から選出された野沢村農地委員会農地委員太田徳司のみの主唱及び現地調査の結果為されたものであるところ、同人は同村大字手倉橋製材業有力者太田勝美等と共謀の上農地改革に便乗し本件土地を不法に入手しようと企て自己の長男未成年者(昭和六年二月二四日生で本件買収計画樹立当時まだ一八歳に充たなかつた)で同居の家人たる太田徳雄をも含む三四名をして同委員会に本件土地の買受申込をさせ、自ら本件買収計画決定会議に委員として参加議定し一応所期の目的を達成し、その後太田勝美等と相諮り自ら発起人団長格と為つて手倉橋牧野畜産農業協同組合を設立してその理事長となり、本件土地の売渡の相手方を同組合に変更するよう画策その非望を遂げ今日なお理事長たる地位に止どまる。即ち太田徳司は野沢村農地委員会委員たる地位を悪用し本件土地買収、売渡、売渡の相手方変更等に関与しその行動は専ら自己及び太田勝美個人の利益を図るに終始し本件買収計画決定は応さに農地調整法第一五条の二四に牴触する。
そして同農地委員会は右買収計画決定につき正規の公告乃至縦覧手続をしていない。そこで原告株式会社今淵保正社及び今淵正太郎は昭和二三年一二月二五日野沢村農地委員会に右買収計画決定に対する異議を申立てたところ、同委員会は昭和二四年一月七日申立棄却の決定をし該決定書は同月一〇日同原告等に送達された。よつて同原告等は更に同年六月二八日青森県農地委員会に右各決定の取消を求めるため訴願を提起したところ、同被告は審理を尽さず、且つ事実の認定法規の解釈を誤り同年一二月五日右各違法な決定を維持是認し、訴願を棄却する旨の裁決をした。
ところで原告太田庄次郎、太田貞三、高山三二郎、高山すわ四名は昭和二二年一二月二〇日共同して原告株式会社今淵保正社から別紙目録第一、二各記載の土地を買受けその所有権(共有持分平等)の移転及び引渡を受け、昭和二三年一二月二三日所有権移転登記手続を経由し昭和二四年一月二六日原告高山三二郎はその共有持分(四分の一)の(1)一〇分の五を原告小笠原福蔵に、(2)一〇分の一・六六を原告太田邦夫に各売却移転し同日その各登記を経由し、又原告今淵正太郎は昭和二二年一二月二〇日訴外高山忠志に別紙目録第三記載の土地を売却所有権及び占有権を移転し、昭和二三年一二月二三日所有権移転登記を経由し、同訴外人は昭和二四年一一月二〇日原告太田庄次郎、小笠原福蔵に右土地を売却所有権(持分平等)及び占有権を移転し同月二四日所有権移転登記を経由した。そして法規の改正により昭和二六年七月二〇日被告野沢村農業委員は野沢村農地委員会の、又同年八月二二日被告青森県農業委員会は青森県農地委員会の各地位(従つてその権義)を承継した。
よつてここに請求の趣旨記載のような判決を求めるため本訴に及ぶ
と陳述し、被告等の抗弁事実を否認し、なお訴訟代理権欠缺の抗弁に対し自称原告太田貞三訴訟代理人は貞三が本訴提起当時応召未帰還者であつたことはこれを認めるけれども同人が終戦前応召するに際り父原告太田庄次郎に貞三の財産の総管理従つて又原告庄次郎が貞三に代わり裁判上裁判外一切の行為をする権限をも委任してあつたから庄次郎は右授権行為の範囲内で本件訴訟委任に出たわけでその間毫も違法不当の廉があり得ない、と附陳した。(立証省略)
被告等訴訟代理人は本案前の抗弁として原告太田貞三は本訴提起当時応召未帰還者であつたから同原告の本件訴訟委任を争うと述べ、本案につき原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とする、との判決を求め答弁として、原告等主張のような異議の申立、同棄却の決定、訴願の提起同棄却の裁決及び各地位の承継があつたことは各これを認めるけれども爾余の事実を全部否認する。野沢村農地委員会は昭和二三年一二月二八日自作農創設特別措置法第四〇条の二第四項第四号第五号等に基き原告等主張の土地を目的として買収計画を真実に樹立しその頃法定の公告及び供覧手続を経由した。従つて右計画決定は儼乎として存在する。
(イ) 右買収計画樹立当時右土地中別紙目録第一、二記載の部分は原告株式会社今淵保正社、その余の部分は原告今淵正太郎の各所有に属していたところ、当時同原告等は何れも耕作又は養畜を主たる業務とせず、且つ右土地は家畜の放牧又は採草の目的に供することができる牧野であるに拘らず、同原告等は何れもこれを右目的に供していなかつた。
(ロ) 本件土地は右計画樹立当時その一極小部分に野生の灌木が点生し杉苗木の植付があつたに過ぎず、概して採草放牧に適する原野であり、又仮りになお若干の林分を包含していたものとしても毫も牧野たる資格性能に反せず、却つてこれを強化した。
(ハ) 本件土地は原告等少数所有者の入山料搾取の目的に供するよりも寧ろこれを最寄部落農民等の共用に供するこそ農村民主化を図る所以なれという見地から買収された次第で既に自作農創設特別措置法の規定により手倉橋牧野畜産農業協同組合(昭和二四年六月二一日農業協同組合法により青森県知事に設立認可申請同月二八日認可同年七月二九日設立登記完了)に売却その所有権移転及びその登記も完了している。ところで同組合は右土地最寄の青森県三戸郡野沢村大字手倉橋、荷軽井、堂ケ前三部落約一一〇戸中約八二戸の組合員を以て組織されこれら住民は現在牛三三頭、馬二六頭、豚五頭、緬羊三頭を飼育しその放牧採草地として右土地を利用し又は利用しようとする意慾に燃えつつある。
(ニ) 同村には村有牧野約三九町あるけれども交通不便、傾斜急且つ右組合から遠距離に位するためその利用殆んど不可能の状態にある。その他に同組合が利用することができる牧野は毫も存しない。
(ホ) 前記三部落民は農兼牧畜に依存する以外生存の途はない。従つて本件土地は少数人の搾利のためこれを温存するよりも寧ろ右三部落民救命のため右組合の所有に移すに如かず、否これこそ理の当然であり常識にも合致する。
よつて本件買収計画の樹立、異議申立、棄却決定及び訴願の裁決は洵にその所で毫も違法不当の廉がないから本訴請求は失当である、と陳述した。(立証省略)